テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 翌日になった。
 香花は光王と共にまた町の様子を見に出かけた。
 昨日も通った賑やかな大通りを抜けると、四ツ辻がある。例の小間物屋の老人は今日も同じ場所に陣取っていた。店先に相変わらず客の方は見当たらなかったが、光王が親しく挨拶すると、気軽に応えてきた。
 四ツ辻では旅の一座らしい大道芸人が芸を披露している真っ最中である。まだ幼い少年と色香漂う妙齢の美女が二人、高い綱の上で見事な技を披露して観客を大いに沸かせていた。
 少年の方はまだ十にも満たないくらいで、こちらも少女と見紛うほど愛らしく、美しい。
 眼鼻立ちが似通っているので、もしかしたら、綱上の二人は母子なのかもしれない。女人は若く見えるが、派手やかな化粧のせいで若く見えるだけで、実際には三十前後にはなっているようだ。
 綱の高さはどう見積もっても民家の屋根と同じだけはある。その高い一本の細い線上を少年と女はまるで平地を歩くかのように、危なげない脚取りで進んでゆく。
「さあ、それでは、こちらの子どもがこれより妙技を皆さま方にご披露致します。どうぞ、お眼をよおく開けて、とくとご覧あれ」
 一座の親方らしい中年男が大音声で口上を述べ立てる。いかついのは身体つきだけでなく、容貌もしかりで、赤銅色に陽灼けした顔に八の字髭をたくわえているのが全然似合っていない。
 口上が終わるか終わらない中にシンバルの音が派手に鳴り響き、少年の身体があたかも地上でするかのように、いきなりくるっと回転した。実に鮮やかなもので、一度と言わず、二度、三度と細い綱の上で宙返りを繰り返す。
 おおっ、と見物人たちの間から一様にどよめきがもれた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ