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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

「深い意味はないよ。ただ、近頃、都から監察御使が来るってんで、この辺を治める使道は内心、気が気じゃないのさ。ま、それも当然ってところかな、あれだけ好き放題やってたら、上に眼をつけられるのも納得だよな。後ろ暗いところのある使道は、疑心暗鬼だが、あいつに虐げられてきた俺らは、その監察御使さまがおいでになるのを今か今かと首を長くして待ってるんだよ。それで、兄さんが都から来たってんで、その辺を何か知らないかと思って、さ」
 監察(カムチヤル)御使(オサ)とは、隠密である。地方官の監察という任務を負う監督官であり、その仕事内容は暗行御使(アメンオサ)に準ずる。つまり、平たくいえば、中央から派遣されてくる隠密回りで、王の命を受け内密に実態を調査し、ありのままの現状を報告する任務を帯びる。あくまでも隠密であるため、通常は身分を偽り、その地に潜入することが多い。
「まさか、俺がその監察御使だとでも?」
 光王がわざと呆れたように言うと、ジャンインは意味ありげな笑みを浮かべた。
「いや」
 とりあえずは否定してみせた後、何とも形容のしがたい表情になる。
「或いは、それより、もっと大物だったりして?」
 途端に、光王の双眸が鋭い光が帯びた。まるで獲物を狙う猛禽類のような隙のない瞳が相手を射竦めるように捕らえる。
 一瞬の沈黙の後、ジャンインがニッと笑う。
「なーんてな。そんなこと、あるわけないよな。そんな美人のかみさん連れてるんだから、危ない橋なんて渡る奴じゃないだろ」
 〝妹です〟と訂正したい想いに駆られたものの、言い出せる雰囲気ではない。
 それにしても、まるで先刻の綱渡りを見ているよりも、冷や汗が出るような二人の男の掛け合いだ。

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