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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

「いやいや、張先生はあれでなかなか人を見る眼は厳しいお方なのだ。あのお方が当代きっての知識人と太鼓判を押されたからには、そなたの父御は間違いなく学者であられたのだろう。金先生自身がその若さで私など脚許にも寄れぬほど博学なのも頷ける」
 あからさまに賞められ、頬がまた紅くなってしまう。香花はうつむいた。
「それよりも旦那さま、やはり、甘いものはお口に合いませんか? この揚げ菓子は私が作ってみたんですけれど」
「先生が?」
 明善は小卓の上の器から揚げ菓子を手に取り、ひと口囓る。
「―美味い」
 そのひと言に、香花は自分がまるで科挙の合格発表を待ちかねている儒生のように、明善の言葉を待っていたことに気付く。
「本当(チヨン)です(マリ)か(ニツカ)?」
 勢い込んだ香花に、明善は笑って頷いた。
「実を言うと、私は甘いものが苦手だったのだが、これはいける。甘過ぎもせず、かといって無味乾燥というのでもない。ほどよい甘さとしっとりとした食感が堪らぬ。先生は学問に優れているだけでなく、料理の腕も確かなのかな」
 からかうように言われ、とうとう香花の頬が熟した林檎のように紅くなった。
 ふと自分が小脇に抱えてきた小さな包みのことを忘れていたことに気付く。
「それから、これを」
 明善の眼が訝しむように細められたのに、香花はわずかに身を固くした。
「ズボンの裾が少しほつれていたので、直しておきました」
「―」
 明善は無言だ。流石に、これはやり過ぎたのかと、香花は身体中の血が引く想いだった。

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