月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町
席を替わっても、光王は酒を呑むでもなく、ただ顔をうつむけて思案に耽っているようだった。聞くまいとしても、ジャンインたちの話は耳に入っていたに違いない。
香花は光王の背中を不安げに見つめた。あんなにも感情を露わにし、狼狽えた光王を見たのは初めてのことだ。彼は本来持つ透徹な瞳など嘘のように、飄々とした態度、いかにも軽薄そうな若者のふりを装い、誰にでも親しげに近寄ってゆく。そうして油断させておいて、自分が必要とする情報を相手から引き出す―それが彼の得意とする話術である。
しかし、今度ばかりは光王の巧みな術も、あのジャンインという男には通じなかった。
他人を欺く表の顔の下に怜悧な素顔を隠し持つのが光王という男なのだ。
光王が席を立った後も、ジャンインは傍らの席で賑やかに酒を酌み交わしている男たちの許にゆき、声高に話をしていた。かねてからの顔見知りらしく、その態度は全く不自然さを感じさせない。先刻、光王と話していたときのどこか凄みを漂わせた得体の知れなさなど微塵も残ってはいなかった。
愛想も気も良い中年男という表の顔と抜き身の刃のような研ぎ澄まされた鋭さを併せ持つといった点では、ジャンインもまた、光王と同じタイプの二面性を持つ男なのかもしれない。
だとすれば、並の者ではないだろう。ただの職人というのは間違いなく正体をごまかすための仮の姿だ。一体、何者なのか。
町の小さな酒場で偶然、めぐり逢っただけの男だとは思えない。むしろ、あの男は、あの場所で最初から光王が現れるのを待ち受けていたようにも思える。
それに、あの男は確かに光王に呼びかけたのだ。
―光王。
と。
香花は光王の背中を不安げに見つめた。あんなにも感情を露わにし、狼狽えた光王を見たのは初めてのことだ。彼は本来持つ透徹な瞳など嘘のように、飄々とした態度、いかにも軽薄そうな若者のふりを装い、誰にでも親しげに近寄ってゆく。そうして油断させておいて、自分が必要とする情報を相手から引き出す―それが彼の得意とする話術である。
しかし、今度ばかりは光王の巧みな術も、あのジャンインという男には通じなかった。
他人を欺く表の顔の下に怜悧な素顔を隠し持つのが光王という男なのだ。
光王が席を立った後も、ジャンインは傍らの席で賑やかに酒を酌み交わしている男たちの許にゆき、声高に話をしていた。かねてからの顔見知りらしく、その態度は全く不自然さを感じさせない。先刻、光王と話していたときのどこか凄みを漂わせた得体の知れなさなど微塵も残ってはいなかった。
愛想も気も良い中年男という表の顔と抜き身の刃のような研ぎ澄まされた鋭さを併せ持つといった点では、ジャンインもまた、光王と同じタイプの二面性を持つ男なのかもしれない。
だとすれば、並の者ではないだろう。ただの職人というのは間違いなく正体をごまかすための仮の姿だ。一体、何者なのか。
町の小さな酒場で偶然、めぐり逢っただけの男だとは思えない。むしろ、あの男は、あの場所で最初から光王が現れるのを待ち受けていたようにも思える。
それに、あの男は確かに光王に呼びかけたのだ。
―光王。
と。