月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町
「まあ、噂は所詮、噂にすぎませんでしょう。幾ら監察御使が身をやつすとはいえ、両班が貧民に様変わりするなどとは考えられませんし、また過去の例でも耳にしたことがございません。たとえ変装はしていたとしても、所詮は両班の変装です。すぐに見破られることでしょう」
正史におもねるように言うのは、米商人の超全(チヨンジヨン)徳(ドク)、その狡猾そうな眼(まなこ)が物語るように、性格は小狡くてあくどい。自分の利のためなら、他人を陥れ生命を奪うことさえ躊躇わないといった根っからの悪党である。
「そうは申しても、王直々の命を受けて派遣される監察御使は侮れぬぞ。選ばれるのは大抵、手練れの刺客さえ及ばぬというほどの武芸の腕を持ち、更に頭の切れる者だ。そなたのような小悪党など、はるかに思いも及ばぬ手立てを講じておるやもしれぬ」
正史は細いつり眼を落ち着かなさげに始終、動かしている。全徳を〝小悪党〟と侮った物言いをしているが、実のところ、その全徳にすら及ばない、ただの欲深で好色な小役人なのである。自分は全徳をただの商人だと端から侮り、彼を利用してやっているだけだと思い込んでいるが、実際には抜け目のない全徳がこの強欲な正史に上手く取り入り、操って甘い汁を吸っているのだ。
正史は全徳が得ている多大な儲けのほんの一分を握らされて、飴を口に放り込まれた赤児のように何も知らずに歓んでいるにすぎない。
「噂は噂にすぎないとはいえども、少しの真実を含むとも申します。これだけ町が監察御使の噂で持ちきりだということは、やはり都で何らかの動きがあったことは否めませんでしょう。旦那さまの許へは、都からの情報はいかように届いておりますか?」
正史におもねるように言うのは、米商人の超全(チヨンジヨン)徳(ドク)、その狡猾そうな眼(まなこ)が物語るように、性格は小狡くてあくどい。自分の利のためなら、他人を陥れ生命を奪うことさえ躊躇わないといった根っからの悪党である。
「そうは申しても、王直々の命を受けて派遣される監察御使は侮れぬぞ。選ばれるのは大抵、手練れの刺客さえ及ばぬというほどの武芸の腕を持ち、更に頭の切れる者だ。そなたのような小悪党など、はるかに思いも及ばぬ手立てを講じておるやもしれぬ」
正史は細いつり眼を落ち着かなさげに始終、動かしている。全徳を〝小悪党〟と侮った物言いをしているが、実のところ、その全徳にすら及ばない、ただの欲深で好色な小役人なのである。自分は全徳をただの商人だと端から侮り、彼を利用してやっているだけだと思い込んでいるが、実際には抜け目のない全徳がこの強欲な正史に上手く取り入り、操って甘い汁を吸っているのだ。
正史は全徳が得ている多大な儲けのほんの一分を握らされて、飴を口に放り込まれた赤児のように何も知らずに歓んでいるにすぎない。
「噂は噂にすぎないとはいえども、少しの真実を含むとも申します。これだけ町が監察御使の噂で持ちきりだということは、やはり都で何らかの動きがあったことは否めませんでしょう。旦那さまの許へは、都からの情報はいかように届いておりますか?」