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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 すべてが極秘に行われるため、監察御使についての情報を入手するのは非常に困難とされており、府使がその動向に神経を尖らせるのも当然といえた。
 全徳が抜け目なさそうな眼を光らせた。
「まあ、旦那さまもあと一、二年のご辛抱にございます。あと二年も経てば、任期も無事明け、晴れて都へとご帰還あそばされますゆえ、その暁には華々しく中央政界へと返り咲き」
 ひとたびこの町に左遷されてきた使道が再び出世したという話はいまだかつて聞いたことなどないのだが、全徳は平然とおべっかを使う。
 眼前のこの男が何より追従に弱いのを知っているからだ。
「う、まあ。そうだな。あと少しの辛抱というところだ」
 正史の頬が緩んだのを見計らい、全徳が愛想良く言った。
「監察御使の件は、用心に用心をすることと致しましょう。私の方でも用心棒の数を増やして、町の見回りを強化しますよ。町中で不穏なことを囁いている輩はその場で引っ捕らえます。滅多なことを話していて、それこそ監察御使にでも聞かれたら、厄介ですからね。ところで、こんな話は興が削がれるというものです、旦那さま、本日の手土産はこちらにございます」
 全徳がぱんぱんと両手を打ち鳴らすと、さっと背後の戸が両側から音もなく開く。
 隣の部屋から現れたのは、薄絹を纏った美しい娘であった。まだ十六、七の開かぬ蕾のような初々しい美少女である。
 娘が身につけているチマチョゴリは通常のものではなく、随分と薄手の生地であった。まるで薄羽蜻蛉の羽根を思わせる軽やかな生地でできた衣服は、娘のやわらかな肢体の曲線を余すところなく見せている。

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