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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

  春の宵

 結局、光王と香花はその町の隣村に腰を落ち着けることになった。やはり、町そのものは人も多いし、二人の存在は目立つからだ。
 その村は鄙びた農村で、人家は十数戸ほど、世から離れて暮らしたい二人にはふさわしいといえた。
 むろん、住人は皆、気は好いが、その日を暮らしてゆくのもやっとというような貧しい百姓ばかりだ。町で暮らす民よりも更にその暮らしは切迫していた。
 村での日々は緩やかに過ぎていった。
 光王は小間物の行商を再び始め、香花は家で仕立物の内職をする。光王は村外れの空き家を破格の値で村長から借り受け、二人はそこで暮らし始めた。仕舞屋(しもたや)といっても、少々広い部屋と付属の小部屋のふた間だけ。その前に猫の額ほどの庭があって、光王は小さな畑を作り、二羽のつがいの鶏を放し飼いにした。
 町から村までは徒歩(かち)でゆけば、ものの四半刻もかからない。光王は毎朝、商品の入った箱を背負い、家を出る。帰ってくるのは大抵、夕刻であった。
 光王が留守の間、香花は二人分の洗濯をし、飯を作る。合間に内職をし、十日に一度ほどの割合で光王が町の服屋に香花の仕立てた服を売りにいった。たまに頼まれて両班や裕福な商人の奥方や娘の晴れ着を仕立てることもあり、それは良い収入源になった。
 そんな時、香花は、光王がやはりあの町でも、都でしていたように金持ちの奥方に請われて伽の相手をしているのか―と想像し、哀しい想いになった。見ず知らずのお針子に大切な晴れ着の仕立てを頼む気になるのも、光王の口利きがあればこそだろう。

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