テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 見かねたのか、傍らで黙っていた若者が進み出た。
「話の途中に済まぬが、私は先刻から、この女人と一緒にいた。彼女があの走り去った男とぶつかる少し前からこの人を見ていたが、彼女はそなたの財布を盗んでなどおらぬ」
 男が露骨に胡散臭げな顔をする。
「あんた、何者? まさか逃げた奴とこの女と三人で組んで芝居をしてるんじゃないだろうね」
「無礼な。この私を侮辱すると申すのか」
 優しげな若者も頭に来たらしい。やや声を荒げるのに、男が肩をすくめた。
「判りました、判りましたよ。この私が悪うございました。ですがね、旦那(オルシン)、この問題は俺とこの娘っこの間のことなんで、旦那には余計な口出しは無用にお願いしたいんでさ」
 言葉だけは慇懃に言うのに、若者は落ち着いた声音で言う。
「では、この人がもしもそなたの財布を盗っていなければ、そなたはいかがするつもりだ」
 男は不敵に笑った。
「よろしいですよ。もし俺が言いがかりをつけたってえのなら、この場で裸になって三回回ってワンと言いやしょう。そちらさまがお望みなら、犬でも猫でも鶏でも、お好みの動物の真似をしますよ」
 男が前方を指で指す。
「ただし、お役人も丁度おいでなすってるようですから、まずは、その娘が無実だってことを見せて貰いませんとね」
 その場に居合わせたお節介が呼んだらしく、いつしか下っ端役人が来て、偉そうに仁王立ちになっている。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ