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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

「無実って、一体、何をどうすれば良いんですか?」
 香花が男と役人を代わる代わる見つめると、二人は顔を見合わせ、嫌な笑みを浮かべた。
「そりゃア、この場で脱いで貰うしかないだろ、お嬢さん」
 男がニヤつきながら言う。いつしか三人の周囲には大勢の人だかりができていた。
「そんな―」
 無理難題を押しつけるのにも程がある。これだけ大勢の人の前で服を脱ぐなんて、できるはずがない。そんなことをするくらいなら、舌を噛み切って死んだ方がマシだ。
「だが、お前はさっきから、俺の財布は絶対に盗んでないと言い張ってるじゃないか。何も盗ってないというのなら、この場で脱いだって、何も出てくるわけはあるめえ」
 何か出てくるとか、そういう問題ではないと思うのだが、異様に興奮している相手には伝わりそうにない。
 少し逡巡した後、香花は唇をきつく噛みしめた。
「判りました。どうしても、あなたがそれで納得しないというなら、私は身の潔白の証しを立てます。ただし、もし、万が一にも何も出てこなかった場合は、私はこれで喉を突いて死にます」
 香花は袖から懐剣を取り出した。
―万が一、誰かにその身を辱められるようなことになれば、潔く死を選ぶのです。
 両班の娘はそう言って、物心ついた頃から育てられる。常に懐剣を忍び持つのは、まさかのときに自ら生命を絶つためである。
 たとえ家門は滅びたも同然でも、金家は父祖代々から国王殿下に仕え、官職を賜ってきた誇り高い両班の家柄なのだ。その跡取り娘、最後の一人となった香花にも金家の娘としての誇りがある。

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