
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第7章 春の宵
「いけません。私が何のために、嘘をつき通したか、あなたはお判りですか? あの場で真のことを言えば、あなたが盗まれた男の証言どおりに財布を盗んだということになってしまうからです。あの財布は逃げていった掏摸が投げ込んでいったと私がどれほど主張しても、財布が出てくれば、あなたの立場は言い逃れのできないものとなる。―お判りですね」
優しく諭され、香花は何も言い返せない。
うつむく香花に、彼は続けた。
「家に帰ったら、その財布はどこか人眼につかぬところに棄てると良い。そうすれば、誰も気づきはしないでしょう」
香花の耳奥で、必死な声が甦る。
―あれは俺の先月分の稼ぎが全部入ってたんだぜ? あいつがなけりゃア、俺や嬶、三人のガキも皆、今夜中に首を括っておっ死んじまわなきゃなんねえんだ。
香花にとんだ早とちりで嫌疑をかけた男の所業は憎いが、彼もまた、あの状況で勘違いをしてしまっただけなのだ。同じような立場なら、香花だとて、もしかしたら相手に疑いを抱いたやもしれない。
もし自分の取った一つの行動のために、罪もない五人の親子が心中するなんてことにでもなったら、それこそ香花もまた申し訳なくて生きてはゆけない。
「私、この財布を返します」
きっぱりと言った香花を、若者が愕いたように見た。
「駄目だ、そんなことをすれば、あの男がまた何を言い出すか判りませんよ」
優しく諭され、香花は何も言い返せない。
うつむく香花に、彼は続けた。
「家に帰ったら、その財布はどこか人眼につかぬところに棄てると良い。そうすれば、誰も気づきはしないでしょう」
香花の耳奥で、必死な声が甦る。
―あれは俺の先月分の稼ぎが全部入ってたんだぜ? あいつがなけりゃア、俺や嬶、三人のガキも皆、今夜中に首を括っておっ死んじまわなきゃなんねえんだ。
香花にとんだ早とちりで嫌疑をかけた男の所業は憎いが、彼もまた、あの状況で勘違いをしてしまっただけなのだ。同じような立場なら、香花だとて、もしかしたら相手に疑いを抱いたやもしれない。
もし自分の取った一つの行動のために、罪もない五人の親子が心中するなんてことにでもなったら、それこそ香花もまた申し訳なくて生きてはゆけない。
「私、この財布を返します」
きっぱりと言った香花を、若者が愕いたように見た。
「駄目だ、そんなことをすれば、あの男がまた何を言い出すか判りませんよ」
