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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 大きな黒い瞳を輝かせる香花を、父は笑いながら見ていた。
―だって、沈清は最後に国王さまに見初められて、お妃さまになるのでしょ。それって、きっと龍神が孝行娘の沈清にご褒美を下さったのよね。だから、私もうんとお父さんに親孝行して、いつか国王さまのお妃になるの。ううん、それが駄目なら、せめて両班(ヤンバン)の―うちなんかよりもっと力のある家門の旦那さまに見初められて、承相の奥方になるわ。
 今から思えば、何とも浅ましいというか短絡的な夢想ではあるが、まだ幼かった頃、香花にとって親孝行をすれば幸せになれるという沈清の話は憧れであった。
 沈清は何も国王と恋に落ちたわけではない。海に身を投げ、たまたま流れ着いた先で彼女を助けたのが後の国王、当時はまだ日陰の身の王子であったというだけの話だ。
 十四歳になった今ならば、判る。玉の輿が女の幸せというわけでもなく、孝行をしたからといって誰もが王子とめぐり逢えるわけではないのだと。沈清に憧れていた幼い日の香花はもういない。
 香花は、極めて現実的な少女に成長した。
 今の彼女の夢は、落ちぶれた家門を何とかして再興することだ。とはいえ、寄る辺を失った十四の少女に一体、何ができるだろう。
 叔母は香花にしょっ中、言う。
―一日も早く、聟を迎えるのよ。
 かつて母がそうしたように、適当な男を良人に迎え、家門を継ぐのだ。今のままでは家門の再興どころか、金家は跡取りがおらず絶えてしまう。

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