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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 むろん、時折様子を見に来る叔母は、
―両班の娘が使用人の一人もいない屋敷で暮らすのは体裁も悪いし、第一、物騒だ。
 と、かなり機嫌が悪かったけれど。
 ゆえに、香花は家事をするのは手慣れたもので、特に抵抗はない。
「もう少し人手があったら良いのだが、林明が新しい使用人を入れるのを嫌うのでね。先生には苦労をかける」
 息子の名が出て思い出したというように、明善は問うてくる。
「先生、うちの息子は、どうかな? 少しは慣れたであろうか」
 初対面から既に半月を経てもなお、林明はいっかな香花に慣れてくれない。目下のところ、それが悩みの種である。上の桃華の方は一見、隔てなくふるまっているようにも見えるが、やはり姉は姉で心から香花に懐いているわけでもない。見えない垣とでもいえば良いのか、何か一線を隔てているように見える。
 弟の林明の方はといえば、こちらは話にならない。いまだに桃華の後ろに隠れ、身を縮こめている。
 まだ漸く半月ゆえ、焦ってはならないと自分に言い聞かせてはいるものの、いまだに二人とろくに私語さえ交わせない状況では、先が思いやられる。ソンジョルをよく手伝っているので、重宝がられてはいるけれど、自分はここに女中として来たわけではない。
 第一、香花にも両班の娘としての誇りはある。女中として雇われるのなら、奉公する気にはならなかっただろう。
 毎日、午前中は勉学の時間に充てられていて、香花は二人と机を向かい合わせて指南はしているが、今のところは一方通行、香花一人だけが喋り、説明するだけだ。桃華は素読はするし、問えば応えるが、勉学の問いかけ以外にはけして口を開かない。

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