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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

「やけにあの男の肩を持つんだな」
「そんなことない。ただ、本当に優しくて素敵な人だったもの。物腰もやわらかくて、流石は両班の育ちらしくて、気品がある方だったわ」
「どうせ俺は気取り返った両班の坊ちゃんとは違うからな」
 光王らしくない自らを卑下する物言いに、香花は哀しくなる。
「光王、私は何もそんなつもりで言ったんじゃ―」
 言いかけた香花に皆まで言わせず、光王は低い声で言い放つ。
「だがな、お前は世間を知らない。自分のことは放っておいても、他人の身ばかり心配するのはむろん美点には違いないが、下手をすれば、生命取りにもないかねないんだ。これだけは言っておくが、他人を迂闊に信用しすぎるんじゃない。どんなに信頼できると思える男でも、いつ牙を剥いてお前に襲いかかる狼に豹変しないとも限らないんだ」
「でも、そんな風に思うのは哀しいわ。相手をまず自分が信じてこそ、初めて自分も相手から信じて貰えるんじゃない。互いの信頼がなければ、本当の意味での人間関係なんて築けやしないって、父上さまがよく仰っていたもの」
―良いか、どんなときでも、まず自分がその人を信じるんだ。信じてこそ、相手もまた香花を信頼してくれる。信頼関係、人との拘わりというものは、そのような信頼がなければ、けして成り立つものではないんだよ。
 幼い香花を膝に載せ、大きくて温かな手のひらで頭を撫でながら、言い聞かせてくれた父の言葉が今更ながらに甦る。

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