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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

私は光王にそんなことまでして欲しくない。あなたが身売りのようなことをしなければならないのなら、仕事なんか要らない」
「身売りだと、俺が身体を売って、お前の仕事を貰ってくると、お前はそう言ってるのか!? よく言うな、何も知らない無邪気な顔をして毎日、俺を誘ってるくせに」
「私、誘ってなんか―」
 言いかけた言葉は熱い唇で遮られた。
 光王との初めての口づけは都の酒場で、追っ手の眼をごまかすためのものだった。あのときの光王の唇はしんと氷のように冷たかったのに、今は、まるで熱せられた鉄のように熱い。
「ううっ―」
 香花は渾身の力で抗い、もがいた。
 だが、光王の逞しい腕は香花の抵抗などいとも容易く封じ込める。
 苦しい、呼吸ができない。
 懸命に息をしようとわずかに口を開いた瞬間、隙間から光王の舌先が忍び込んでくる。
―いやっ。
 香花は大粒の涙を零しながら、暴れた。
 こんなに烈しい口づけは、明善と過ごした最後の夜を嫌が上にも思い出させる。幻の花といわれる虹色の紫陽花が咲いた夜、二人だけの永遠の夜。
 こんな風に口づけて良いのは、明善だけ。
 そう思った刹那、香花は猛烈な抵抗を始めた。それでも、光王は香花の華奢な身体を抱く腕に更に力を込め、舌先を絡めて吸った。
 一度離れても、唇はまた重なり、口づけは果てしなく続く。

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