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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

「―止め」
 漸くわずかに離れたその時、香花の口から吐息のように洩れた言葉に、光王の動きが止まる。
「止め―て。お願い、だから」
 光王がハッとしたように腕の中の香花を覗き込む。
「済まん」
 短く謝った彼に、香花は烈しい瞳を向ける。
「光王だけは違うと思ってたのに」
「香花―」
 香花は涙に濡れた瞳で光王をキッと睨む。
「あなただけは違うと思ってた。こんな風なことを―その場の気分で私を良いようになんてしない、そんな卑劣なことはしないと思ってたのに!」
「違う、香花。そうじゃない、俺はお前を」
 光王の科白は結局、最後まで続かなかった。
 香花は傍らにあった蒸し饅頭の包みを力一杯投げつけた。
「光王の馬鹿ッ」
 香花は大声で叫ぶと、泣きながら部屋を走り出た。
 なすがままになっていた光王は、しばらくその場に放心したように座り込んでいた。
 やがて、脚許に転がっていた小さな包みに気付く。のろのろと手を動かし、竹の包みを開くと、現れたのは五個の蒸し饅頭であった。
「あいつ」
 光王の美麗な面に思わず笑みが浮かぶ。

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