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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 あれほど禁じていたにも拘わらず、香花が何故、一人で町に出かけたのか、その理由がやっと判ったからだ。
 あの娘は、光王の好物である蒸し饅頭をわざわざ買いに町まで出ていったのだ。
 光王は溜息をつき、すっかり冷え切った饅頭をひと口、頬張った。
 香花に責められても仕方ない。光王は都にいた頃、行商のついでに誘われれば、幾ばくかの金で女と寝た。相手は大抵、両班の奥方や豪商の内儀といった暇と金と身体を持て余している連中ばかりだった。
 光王が商う小間物は、そういった上流階級の女たちが使うものではない。価格的にも品質的にも庶民層の女たちが日々、使うものだ。
 だが、光王が町中を売り歩いていると、明らかに両班の屋敷と思われる広壮な屋敷から女中が出てきて、〝奥方さまがそなたの商う品を是非ご覧になりたいと仰せです〟と尊大な口調で言ってくる。
 両班家に仕える女中は、自分までが主人の威光を傘に着て偉そうにし、光王をたかが小間物屋風情がと見るからに侮っていた。女中に案内されて奥まった室へと通されれば、待っていたのは薄物の夜着一枚きりの女で、そこで求められるのは光王の商う小間物ではなく、彼の身体そのものであった。
 むろん、最初は断った。だが、相手の奥方は彼に冷酷に言い放った。
―そなたが都で商いをできなくなるようにするなど、私には造作もないことなのですよ?

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