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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 馴れとは怖ろしいものだ。金と引き替えに寝る女に、心など要りはしない。ただ、心を無にして金のために寝てやるだけだ。そう割り切れば、何ということはなかった。光王の愛撫に、女は淫らな声を上げ、身体をくねらせる。彼と寝た女たちは十分に満足し、満たされた。
 その時、彼は悟った。かつては、亡くなった母親もまた今の自分と同じ心境だったに違いないと。心を空にして、夜毎、日毎、客に抱かれていたのだ。その心の隙間に、彼の父は巧みに入り込み、甘い言葉で母を誘惑し、その気にさせた。そして、母が懐妊したと知るや、手のひらを返すように姿を消した。
 都にいた頃、何人、いや何十人の女の相手をしたのかは判らない。金のために寝る女の顔など、いちいち憶えてなどいないからだ。
 だが、この町に来てからは、一度も他の女を抱いていない。
 すぐ側に抱きたいと思う女がいるというのに、どうして、わざわざ別の女を抱く必要があるというのだ。
 何より、心を殺すという以前に、本当に抱きたいと思う女以外の女に対して、一切その気を失ってしまった。
 だが、我ながら、何とも愚かしいことをしてしまったものだ。
―光王の馬鹿ッ。
 泣きじゃくりながら叫んだ香花の表情が今も瞼に灼きついている。忘れようとしても、到底、忘れられるものではないだろう。
 たった一人の女を泣かせてしまった。

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