
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第7章 春の宵
当分どころか、香花は一生、自分を許してくれないのではないか。そう思うと、かつては〝天下の大盗賊〟と謳われた大胆不敵な彼が途方もなく心許ない気分になる。
多分、彼をそこまで惑乱させるのは、あの少女だけだろう。
狭い室の窓際に、小さな文机が置いてある。今の生活で本を買う余裕などありはしないが、それでも、彼は香花に頼まれて町の古本屋で幾冊かの書物を手に入れてきた。その書物が机の片隅に積み上げられ、一冊は読んでいる途中か、開いたままになっている。
どんなときでも、自分というものを見失わない少女だ。世間知らずのねんねだなどと思わず言ってしまったが、あの娘は自分などより、よほど、しなやかな強さを持っている。
打たれ強いというのだろうか。母を幼い頃に亡くし、つい先頃はたった一人、頼りとする父まで失っても、傾きかけた家門を何とかして再興しようと頑張っていた。結婚などという、今の時代ではごく一般的とされる方法ではなく、自分の能力を活かして家門を盛り立てようとするところが、いかにも香花らしい。
恋い慕った崔明善とは死別し、その哀しみからも見事に立ち直った。むろん、まだ哀しみと明善の面影に囚われてはいるが、それは当然のことだ。心底から愛した者をそれほど簡単に忘れ去られるものではない。―それは、かつて香花と同じ体験をした光王であれば、誰よりも身に滲みて知っている。
多分、彼をそこまで惑乱させるのは、あの少女だけだろう。
狭い室の窓際に、小さな文机が置いてある。今の生活で本を買う余裕などありはしないが、それでも、彼は香花に頼まれて町の古本屋で幾冊かの書物を手に入れてきた。その書物が机の片隅に積み上げられ、一冊は読んでいる途中か、開いたままになっている。
どんなときでも、自分というものを見失わない少女だ。世間知らずのねんねだなどと思わず言ってしまったが、あの娘は自分などより、よほど、しなやかな強さを持っている。
打たれ強いというのだろうか。母を幼い頃に亡くし、つい先頃はたった一人、頼りとする父まで失っても、傾きかけた家門を何とかして再興しようと頑張っていた。結婚などという、今の時代ではごく一般的とされる方法ではなく、自分の能力を活かして家門を盛り立てようとするところが、いかにも香花らしい。
恋い慕った崔明善とは死別し、その哀しみからも見事に立ち直った。むろん、まだ哀しみと明善の面影に囚われてはいるが、それは当然のことだ。心底から愛した者をそれほど簡単に忘れ去られるものではない。―それは、かつて香花と同じ体験をした光王であれば、誰よりも身に滲みて知っている。
