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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 文机の下に何か突っ込んである。光王は訝しみ、その包みを引っ張り出した。黄色の風呂敷にくるまれた包みを解くと、何と、仕立てたばかりのバジチョゴリ(男性用の韓服)が出てきた。
 浅葱色の上衣が何とも清々しい。
 光王が何げなく手に取ると、上衣とズボンの間から、はらりと一枚の紙切れが落ちた。
 〝誕生日おめでとう
          心を込めて  香花〟
 香花の手蹟は初めて見るが、見事なものだ。流石に十四歳の若さで崔家の家庭教師に迎えられるだけはある。
 最初にこの衣服を見たときは、正直、少し胸が波立った。香花が仕立てたのは確かだが、一体、誰のために縫い上げたのか判らなかったからだ。一瞬、あの使道の息子の顔が浮かんだが、香花とあの男は今日が初対面で、出逢った男のために衣服を仕立てていたはずがない。
 今、この短い文面を読み、これがそも誰への贈り物なのか理解できた。
 現金なもので、妖しく漣だっていた心が見る間に凪ぎ、笑みさえ零れてくる。
 それにしても、自分の誕生日すら、もう忘れていたのだ。確か香花に随分前に、今日が産まれた日なのだと話したことがあるような気がするが、話したことそのものも忘れ果てていたのだ。
誰かに誕生日を憶えて貰い、あまつさえ、祝って貰うのなど生まれて初めてのことだ。

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