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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 見たところ、塀はそう高くはない。香花ならば、楽によじ登れそうだ。
―ほんの少しだけ。
 香花は自分に言い訳して、塀に手をかけ、えいっとかけ声をかける。勢いをつけ、そのままよじ登った。
―お転婆騒馬(ソマル)。
 両班家の娘らしくない、どちらかといえば活発な香花を、光王はよくそう言って揶揄する。実際、香花は家の奥でじっとしているより、身体を動かしている方が性に合っていると自分でも思う。だからこそ、住み慣れた屋敷を出て、都から離れた村にわび住まいしていても、あまり苦にはならないのだ。
 普通の両班家の娘であれば、環境の激変に到底、身も心もついてはゆけなかったに違いない。
―もっとしとやかにならなければなりませんよ。
 叔母にはさんざん言い聞かされてきたが、だとすれば、この性格も満更、悪いばかりではなかったのだろう。
 〝騒馬〟と呼ばれる度に、香花は光王に対して猛烈に反発するのだけれど、今の姿を見れば、やはり〝騒馬〟と呼ばれても仕方ないと自分で苦笑してしまう。
 丁度、塀の真上に来たところで、庭に佇み梅花を見上げるその人に出くわした。
 哀しいほど澄んだ淋しげな瞳がやはり、あの男(ひと)に似ている。整った顔立ち、穏やかな物腰、優しい光を帯びた眼をした、春風のようなひと。

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