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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

 頭巾で頭を包んだ例の衣裳を纏った姿が月明かりに浮かび上がる。月光に濡れ、清(さや)かな光を放つ梅の花とそれを見上げる若者。まさに、一幅の絵を見ているような光景だった。その端整な姿に思わず見惚れる。
 懐かしさが迸るように溢れ、一瞬、胸が苦しくなった。胸苦しいほどの記憶、遠い想い出、愛しい日々。これ以上はないというほど心の底から愛したひと。
 ああ、似ている。やはり、あのひとに似ている。顔かたちがというのではない。魂が似ているとでも言うのだろうか。この苛酷な世の様々な事に傷つきながらも、懸命にもがいて、それでもなお生きてゆこうとしている人だけが持つ孤独な瞳。
 こんなに若いのに、何がこのひとをここまで苦しめているというの?
 恐らく若者は明善よりはずっと若い。香花自身とさして変わらない歳だ。なのに、まるで百年以上も生きた老人のように哀しげで、何もかもを諦めたような瞳をしているのは何故?
 刹那。若者の視線が動く。吸い寄せられるように二人の視線が、出逢った。
 愕きに見開かれる瞳に温かな光が宿る。
「そなたは―」
 若者が呟いた。
 香花の眼に宿る雫を見て、若者が両手をひろげる。

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