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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 明善はつと立ち上がると、背後の棚の開き戸を開け、何やら取り出してくる。
 香花は眼を瞠った。明善が文机の前に置いたそれが何なのか判らない。
 まん丸い、まさに毬のような球体は赤児の頭くらいの大きさだ。球体に脚がついており、その土台で全体を支えている。毬のようになった部分には精緻な絵図が描かれていた。
「これは―地図ですか?」
 何事にも好奇心旺盛な香花は眼を輝かせて見入る。その丸い物体に描かれた絵図には記憶があった。いつか一度だけ父が見せてくれた地図に似ている。
「そのとおりだ。これは地球儀といって、地図を更に大きくしたものとでも言えばよいかな」
「地図―を、更に大きくしたもの?」
 思わず声が上ずってしまう。それほど知的好奇心を刺激されてやまない。
 香花が興味を持ったのに満足した面持ちで、明善は大きく頷く。
「私たちが棲んでいる地球は、こんな風に丸い形をしているんだ」
「地球? 地球に私たちが棲んでいる?」
 明善の言葉は何もかもが訳の判らないことばかりで、まるで異国の見知らぬ呪文を聞いているようだ。言葉一つ一つは辛うじて理解できても、繋げ合わせようとすると、まるで意味をなさなくなってしまう。
 途方に暮れている香花を見、明善は少し笑った。
「こちらへ」
 手招きされ、香花は明善に近づく。
 明善は文机の上の地球儀を手のひらでくるくると回した。
「まず、地球はこのようにまん丸で、いつもこうして回っている。今、丁度、私が手で回しているようにね」
 ますます理解不能だ。明善は頷き、球体を回していた手を止めた。

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