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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

「ここを見てごらん」
 明善の骨太の長い指がピタリと指し当てた場所を見つめる。
「これが朝鮮。この地球儀には様々な国が描かれている。まずは、ここから始めよう」
 香花は息を呑んだ。
「これが―朝鮮? 私たちが今、棲んでいる国なのですか?」
 何て小さいのだろう。香花はごく自然にそう思った。世界のありとあらゆる国がひしめくこの地球という場所で、自分の生まれ育った国が占める場所がたったこれだけのものだなんて、到底信じられない。
「―小さい、信じられないほどちっぽけだわ」
「そうだろう? 私たちの国は、こんなにも小さい。大きな世界から見たら、我々が住むこの国は芥子粒のようなものだ。私たちが崇める明だって大国だというけれど、この途方もなく広い世界から見れば、ほんの小さなものだろう? その小さな国の中で両班だ、賤民だと人が人を区別し、更に両班は両班たちで権力闘争を繰り広げている。私はこの地球儀を見ていると、つくづく空しくなってくるのだ。何故、同じ国の民同士であい争う? 何故、同じ人が人を差別するような制度を作るのだろうか。狭い国土で同じ国の民同士がいつまでも私利私欲の闘いを続けていれば、いずれ国は滅びるよ。世界には、まだ我々が名前も聞いたこともないような国があまたある。そんな国が大挙して朝鮮に攻め込んできたら、我が国はひとたまりもない」
「以前、日本人が攻めてきたときのように?」
 かつて宣(ソン)祖(ジヨ)王の治世に海の向こうの国、倭が朝鮮に攻めてきたことがある。朝鮮では〝壬辰倭乱・己酉再乱〟と呼ばれるこの闘いでは国王が都を落ち、難を避けて各地の行宮を転々とする未曾有宇の事態が起き、日本軍によって歴代の王の陵墓は焼き払われ、多くの死傷者が出た。

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