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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第7章 春の宵

「私―」
 何か言おうとする唇がそっと人さし指で押さえられた。
「今は何も言わなくて良い。そなたが話したくなったときに話してくれれば、それで良いのだ」
 香花はそっと頷き、知勇の胸に身を預ける。彼は香花を腕に抱いたまま梅の樹の根許に座った。
「梅花の下にて愉しまん、春宵、値千金。燕、蒼穹に飛翔し、空涯なく澄み渡る。嗚呼、愉しきかな、我が心もこの空のごとく清澄なり。惜しらくは、夜の短きこと、花の儚きこと。なればこそ、今、愉しまん。梅の精の姿を変えたるごとく麗しき少女(おとめ)と共に惜しむ春の宵」
「あ―」
 香花は知勇を見た。
 詩の最後に、新しい一文が続いている。
 知勇が微笑む。
「今、ふいに思いついた」
 悪戯っぽく笑い、
「梅の精の姿を変えたるごとく麗しき少女と共に惜しむ春の宵」
 と続ける。そうやって屈託なく笑うと、年相応の若々しい表情になって、それはそれで魅力的だ。

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