月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第8章 すれ違い
「何故なんだ? どうして現実から眼を背ける? 幸せに自分から背を向けるんだ。お前の前には限りない未来が広がっていて、幸せになろうと思えばなれるのに、過去の亡霊にばかり縛られる?」
低い声に、香花が初めて光王の異変に気付いた。
「光王、どうして、そんな風に怒るの?」
「俺は、お前を見ていると、苛々してくるんだ。お前は、いつまでも崔明善の面影しか見ようとはしない。そりゃア、すぐにすぐ忘れられるはずがないのは俺だって、判る。でも、お前は、明善を忘れることを自分で怖れて、無理に忘れまいとしているように見える」
「それは光王の誤解だわ。私の心は今も明善さまに捧げているもの。明善さまを愛したときから、私の心はあの方のものなの。あの方に心を捧げたままで、他の男に嫁ぐなんて私にはできない」
「―」
光王はもう、それに対しては何も言わなかった。
「それよりも、使道の屋敷でまた、ひと騒動あったとさ」
意味ありげな視線を向けられたような気がしたのは、気のせいだろうか。香花は狼狽え、光王から視線を逸らす。
半月前のあの夜以来、香花は全知勇には逢ってはいない。知勇はあの夜、たまたま香花の哀しみを受け容れ、共に刻を過ごしてくれただけで、二人の間に格別何があったというわけでもないのだ。
低い声に、香花が初めて光王の異変に気付いた。
「光王、どうして、そんな風に怒るの?」
「俺は、お前を見ていると、苛々してくるんだ。お前は、いつまでも崔明善の面影しか見ようとはしない。そりゃア、すぐにすぐ忘れられるはずがないのは俺だって、判る。でも、お前は、明善を忘れることを自分で怖れて、無理に忘れまいとしているように見える」
「それは光王の誤解だわ。私の心は今も明善さまに捧げているもの。明善さまを愛したときから、私の心はあの方のものなの。あの方に心を捧げたままで、他の男に嫁ぐなんて私にはできない」
「―」
光王はもう、それに対しては何も言わなかった。
「それよりも、使道の屋敷でまた、ひと騒動あったとさ」
意味ありげな視線を向けられたような気がしたのは、気のせいだろうか。香花は狼狽え、光王から視線を逸らす。
半月前のあの夜以来、香花は全知勇には逢ってはいない。知勇はあの夜、たまたま香花の哀しみを受け容れ、共に刻を過ごしてくれただけで、二人の間に格別何があったというわけでもないのだ。