月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
この国に攻めてきたのは豊臣秀吉と呼ばれる日本の権力者であり、その頃、倭では帝と呼ばれる国王すら凌ぐ力を有していたという。今から百年余り前のことだ。今、朝鮮の国情は安定してはいるが、百年前の悪夢は今も語り継がれている。
「ああ、そのとおりだ。我が国(朝鮮)は今、国の門をすべて閉ざし、頑なに外の世界と拘わりを持つまいとしている。しかし(ホナ)、この国や我々を取り巻く世界は目まぐるしいほどの勢いで進歩しているのだ。国を閉ざしている我が国は、早すぎる世界の流れから完全に取り残されてしまっている。先生、学問をすることはけして無駄ではない。むしろ良いことだ。この広い世界を知り、生きてゆくためには学ぶことは必要だよ。知恵は武器となり、生きる力、糧となる。刀や弓で殺し合いをしても、何も生まれるものはないが、学んで身につけた知識は時に闘うためのまたとない武器ともなり、人を活かすだろう。武力で相手を打ち負かすだけが勝利ではない。本当に強い者はけして刀を抜かず、話し合いで事を収めようとするものだ。先生、私はこの国を支えるのは結局は国王でも両班でもなく、そういった志ある人々の知恵だと思っている」
王に最も近いとされる承旨の職を拝命する者の言葉とは思えない科白だ。万が一、他に洩れれば、それだけで王への謀意ありとして捕らえられるだろう。
明善の考えは全くそのとおりだといえるが、香花はむしろ、彼が忠誠を誓っているはずの王の存在を否定したことに衝撃を受けていた。
香花は不安にまなざしを揺らした。
だが、明善はいつになくきっぱりとした態度で更に棚から別の物を取り出してきた。
文机の上に無造作に載せられたそれを見て、香花は凍りついた。
「旦那さま、これは―」
「ああ、そのとおりだ。我が国(朝鮮)は今、国の門をすべて閉ざし、頑なに外の世界と拘わりを持つまいとしている。しかし(ホナ)、この国や我々を取り巻く世界は目まぐるしいほどの勢いで進歩しているのだ。国を閉ざしている我が国は、早すぎる世界の流れから完全に取り残されてしまっている。先生、学問をすることはけして無駄ではない。むしろ良いことだ。この広い世界を知り、生きてゆくためには学ぶことは必要だよ。知恵は武器となり、生きる力、糧となる。刀や弓で殺し合いをしても、何も生まれるものはないが、学んで身につけた知識は時に闘うためのまたとない武器ともなり、人を活かすだろう。武力で相手を打ち負かすだけが勝利ではない。本当に強い者はけして刀を抜かず、話し合いで事を収めようとするものだ。先生、私はこの国を支えるのは結局は国王でも両班でもなく、そういった志ある人々の知恵だと思っている」
王に最も近いとされる承旨の職を拝命する者の言葉とは思えない科白だ。万が一、他に洩れれば、それだけで王への謀意ありとして捕らえられるだろう。
明善の考えは全くそのとおりだといえるが、香花はむしろ、彼が忠誠を誓っているはずの王の存在を否定したことに衝撃を受けていた。
香花は不安にまなざしを揺らした。
だが、明善はいつになくきっぱりとした態度で更に棚から別の物を取り出してきた。
文机の上に無造作に載せられたそれを見て、香花は凍りついた。
「旦那さま、これは―」