テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第8章 すれ違い

 何も応えないでいると、両手で頬を挟み込まれ、無理に上を向かされた。蒼白い焔を内に秘めた双眸が射るように鋭く見下ろしている。光王を怖いと思ったのは、これが初めてだった。
 香花は消え入るような声音で言葉を紡ぐしかなかった。
「使道自身は非道でも、あの男は優しい人なのに。知勇さまが哀しむ姿は見たくない」
「どうせ、そんなところだろうと思ったぜ」
「あんな優しい男を苦しめたくはないわ」
 光王が吐き捨てるように言う。
「やけに入れ込んだな。さては惚れたのか?」
「―私」
 香花は光王の眼を見ることができなかった。
 惚れている―? それは少し違う。
 優しい兄に対する慕わしさ、光王への想いと似ている?
 いや、そうではない。あの人柄に惹かれているのは事実だが、惚れているというのとは違う。
 ふいに、半月前に唇を奪われたときの記憶が生々しく浮かぶ。焔のような熱を帯びたあの唇の触れた箇所は、いまだに思い出せば、あのときの熱を甦らせてくる。
 香花は無意識の中に、人さし指を唇に当てていた。
―私はもしかしたら、光王が好きなのかしら?

ストーリーメニュー

TOPTOPへ