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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第8章 すれ違い

 光王の言葉は何も間違っていない。
 知勇は自分で立つべきだ。そして、自分の眼で見、頭で考えたことを元に行動を起こすべきだろう。
 その時、香花の中で閃くものがあった。
 知勇の哀しいほど澄んだ瞳、その奥底で揺れる哀しみ―、その原因はもしや、彼自身の父親ではなかったか。
 知勇はすべてを知っていたからこそ、悩んでいたのではないだろうか。彼ほどの優しい人であれば、父親に何度か意見しただろう。だが、使道のような男が今更、若い息子の意見にまともに耳を貸すとも思えなかった。
 知勇は見て見ぬふりをしていたわけではない。見ていながら、何をしようとしても、したくても、何もすることができなかった。だからこそ、誰より傷つき、苦しんでいた。
「私には、もう何も言えないわ、光王。でも、これだけは憶えておいて。ジャンインという男が言った言葉、あなたが使道に関することで動けば、あの人が敵になるって」
 香花は小さな声で言うと、そのまま自分の部屋に入って戸を閉めた。
 熱い雫が頬をころがり落ちる。
 優しさだけでは、何もできない。喘ぎ苦しむ民を救えない。でも、その優しさがあるからこそ、知勇は苦しまなければならない。

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