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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第8章 すれ違い

 コンコンコン、コンコンコン。
 コンコンコン、コンコンコン。
 夜のしじまに、杵の音が規則正しくリズムを刻む。
 またしても、泣かせてしまった。光王はあの娘の今にも泣き出しそうな顔を思い出しながら、自己嫌悪に浸っていた。
 使道の息子、全知勇のことで口論になってから、香花は一旦は部屋に戻ったが、何を思ったか、一刻ほどして再び部屋から出てきた。
 まるで光王など同じ空間に存在しないかのように、砧打ちを再開した。
 コンコンコン、コンコンコン。 
光王は手枕をして横になりながら、見るともなしに香花の姿を見ている。
 摩訶不思議な音に耳を傾けていると、何故か、心の奥底から烈しく揺さぶられているような気になってくる。心の奥底にある何か―彼自身でさえ把握できない得体の知れない感情を呼びさますのだ。
 規則正しい律動が夜の空気をかすかに震わせ、闇に溶けてゆく。
 コンコンコン、トントントン。
 何故だろう、この娘と一緒にいると、心がざわめく。そう、丁度、今、香花が一心に打っている杵の音のように、香花の存在は彼の心をかき乱し、彼自身でさえ知らないような情熱を呼び起こす。
 コンコンコン、トントントン。
 杵の音にいざなわれるかのように、彼の記憶は幼い日へと還ってゆく。

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