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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 鈍い光を放つ小さな銀の十字架を取り囲むように連なる小粒の水晶。それは紛れもなくロザリオだった。
「旦那さまは、もしや天主教の信者なのですか?」
 悲鳴のような声が出てしまい、思わず口を押さえた。国王を否定するどころではない、万が一、天主教の信者であることが露見すれば、明善はたちどころに捕縛され、処刑される。天主教、即ち基督(キリスト)教はこの国では異端とされ、固く禁じられているのだ。
 明善は薄く笑んだままだ。その静かな表情からは、彼が天主教の信者であるのかどうかまでは窺い知れない。
 針で刺せば音を立てて割れそうなほどの静けさの中、明善が静かに口を開いた。
「どう言えば良いのか、私はまだ天主教の信徒ではない。だが、彼(か)の教えにはとても心惹かれるものを憶えずにはいられないのだ。人が人を区別せず、万民が皆おしなべて平等だという考えは魅力的だ。多分、私自身が元々、人は皆等しくあるべきだと考えているからこそ、彼の異教の神の教えが存外にすんなりと心に入ってきたのだろう。先生、彼の神の教えの下(もと)では、学問をすることに男も女もない。学びたき者は皆、学ぶ権利を持っているのですよ」
 学問をすることに男も女もない、学びたき者は皆、学ぶ権利を持っている―。
 その言葉は、香花の心を烈しく揺さぶった。
「旦那さまは、どこでその教えをお知りになったのですか?」
 思わず訊かずにはいられなかった。恐らくはこの世の真理を説いているのであろうその教えは、香花にとってもやはり逆らいがたい魅力があった―、しかし、彼女はそれ以上に明善の身を案じずにはおれなかったのである。

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