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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 香花の前には荷馬車が一台やっと通り抜けられるほどの道があり、それは、はるか先まで延々と続いている。今、彼女がいる場所は、丁度、小さな村の入り口に当たる。村の入り口であることを示すかのように佇むのが、この道が二股に分かれた場所にある梅の樹であった。二つに分岐した右へ進めば香花の棲む村に至り、左にゆけば、隣町、更には、はるか彼方都漢陽まで続いている。
 ゆえに、彼女の前を時折、旅装姿の旅人が忙しなく通り過ぎてゆく。今も下僕を連れた商人がせかせかとした脚取りで前を通り過ぎていった。隣町までなら、ここまで来ているのだから、そこまで急ぐ必要がない。もしかしたら、漢陽までの長旅の途中なのかもしれない。
 町へと続く左道を目指す人は圧倒的に多いのに比べて、右―つまり貧しい農村を訪れる人は滅多といない。
 はるか頭上で、燕の鳴き声が響き渡る。二月の初めにしては温かな陽差しが降り注ぎ、香花は陽溜まりに座りながら、ぼんやりと物想いに沈んでいた。
 昨日の夜はまたしても光王と喧嘩してしまった。光王が使道の息子全知勇を悪く言ったのが始まりだった。
 光王は、どうやら、使道を殺すつもりのようだ。〝義賊光王〟は名うての盗賊であると共に玄人の暗殺者なのだ。光王の手にかかれば、警戒の厳重な使道の屋敷に忍び込むことも、使道をひそかに消すことも朝飯前だろう。

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