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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 三月余り前、まだこの地方に来てまもない頃に出逢ったジャンインという男の言葉が香花は気になってならない。
―この件については、けして動くな。俺はお前さんの敵にはなりたくない。
 あの短い科白には千言、万言を繰り返すよりも重い意味が込められているように思えるのだ。
 光王も既に気付いているように、ジャンインがただの飾り職人であるはずがない。ジャンインの醸し出す圧倒的な存在感は、どこか光王によく似ていた。いかにも人の好いだけの男のようにふるまっているが、ジャンインの双眸に閃く光は、彼が並の者ではないと示す鋭さがあった。
もし、光王があの男の忠告を無視して、使道を手にかけたりすれば、ジャンインが光王の敵になる。それは、想像するだに怖ろしいことだ。どのような形になるかは判らないが、ジャンインと対決すれば、光王はかなりの深手を負う(それは必ずしも身体的損傷だけを指すのではない)か、下手をすれば再起不能―生命を失うだろう。あの男は、それほどの力を持つ男だ。
 今のところ、光王が使道を殺(や)ると最終的な決断を下しているのかどうかは判らない。〝光王〟は何人の命も受けない。彼が選んだ結論こそが、文字どおりの最終決定なのだ。あれ以上、香花が何をどう言ったところで、光王はいささかも己れの意思を変えないだろう。

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