月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第9章 燕の歌
ならば、香花は、彼が賢明な判断をするのを願うしかない。
光王との距離は縮まるどころか、広がるばかりだ。もう二人は二度と以前の気の置けない関係に戻れないのだろうか。もつれた糸を解きほぐすことはできないのだろうか。
香花の眼に涙が湧く。
ガサリとすぐ上で音がして、香花は愕いて頭上を振り仰いだ。
燕が梅の樹に止まっている。手を少し伸ばせば、届きそうなほどの至近距離に、小さな愛らしい鳥がつぶらな黒い瞳をくるくると動かして止まっていた。
「もう、春なのね」
香花は独りごちると、滲んできた涙を人さし指でぬぐった。
そのときだった。前方の道を馬に乗った人がゆっくりと通り過ぎてゆくのが映じる。まだ元服前の貴族の子弟らしいその姿は―。
〝あ〟と香花が小さく叫ぶのと、馬上の人が声を上げるのは、ほぼ刻を同じくしていた。
「香花」
知勇は馬に跨ったまま、片手を上げる。
香花も泣いていたことも忘れて、微笑んだ。
知勇は伴人らしい若い男を連れている。その男も身なりは良いから下僕というよりは、身分の高い使用人なのだろう。
香花の脳裡に思い当たる節があった。この男が娶ったばかりの妻を使道に奪われたという執事の息子ではないだろうか―。
光王との距離は縮まるどころか、広がるばかりだ。もう二人は二度と以前の気の置けない関係に戻れないのだろうか。もつれた糸を解きほぐすことはできないのだろうか。
香花の眼に涙が湧く。
ガサリとすぐ上で音がして、香花は愕いて頭上を振り仰いだ。
燕が梅の樹に止まっている。手を少し伸ばせば、届きそうなほどの至近距離に、小さな愛らしい鳥がつぶらな黒い瞳をくるくると動かして止まっていた。
「もう、春なのね」
香花は独りごちると、滲んできた涙を人さし指でぬぐった。
そのときだった。前方の道を馬に乗った人がゆっくりと通り過ぎてゆくのが映じる。まだ元服前の貴族の子弟らしいその姿は―。
〝あ〟と香花が小さく叫ぶのと、馬上の人が声を上げるのは、ほぼ刻を同じくしていた。
「香花」
知勇は馬に跨ったまま、片手を上げる。
香花も泣いていたことも忘れて、微笑んだ。
知勇は伴人らしい若い男を連れている。その男も身なりは良いから下僕というよりは、身分の高い使用人なのだろう。
香花の脳裡に思い当たる節があった。この男が娶ったばかりの妻を使道に奪われたという執事の息子ではないだろうか―。