テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

「学問をよくし、書物に親しみ、今はできるだけ知恵を身につけておきたい。先人の教えには現代にも実践すべきことがたくさんあるよ。知ることは何より生きる源の力となるからね。私はいずれ父上の跡を継ぐ身ゆえ、そういった知恵をできるだけ多く習得し、良き役人になりたいと思っている」
「ご立派ですね。若さま」
 直截に褒められ、知勇は頬をうっすらと上気させた。
「そなたも学問をよくしているようだが」
「いいえ、私など、若さまの脚許にも寄れません。それに、私は女の身ですから」
 香花がうつむくと、知勇は真顔になった。
「嘘をついても、私の眼はごまかせないよ。二人だけで梅を愛でた夜、香花は私が即興で作った詩の題名を何にすれば良いかと訊ねた時、即答した。あのような打てば響く応答は、おいそれとできるものではない。あの鮮やかな返答に、私は、そなたがかなりの教養を備えた女人だと知った」
「お恥ずかしいです」
 香花が恥じらうように言うと、知勇はますます真摯な眼を向けてくる。
「今の時代、女は学問をするべきできはないなどと申す人もいるが、私は全く正反対の意見なんだ」
 その何気ないひと言に、香花は顔を上げる。
 今、二人の真上にひろがる春の空のように澄んだ瞳、その底に揺れる哀しみと孤独。
 やはり、このひとは明善を思い出させる。かつて、彼女が生命がけで愛した永遠の想い人に似ている。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ