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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

「かつて、若さまと同じことを仰った方がおられました。女でも学問をすることは、けして無駄ではなく、むしろ生きる力となる、と」
 香花は、明善の言葉を語った。
―学問をすることに男も女もない。学びたき者は皆、学ぶ権利を持っている。
 明善が天主教に傾倒していたことには触れず、明善の聞かせてくれた彼の理想をできるだけ聞いたとおりの言葉そのままに伝えた。
 知勇は香花の話に頷きながら、聞き入っていた。
「香花、その人は、一体どのような方なのだろうか? 差し支えなかったら、教えてくれ」
 知勇の問いに、香花は微笑んだ。
「もう亡くなられました。かつては承旨として国王殿下にお仕えしていた方です。私は、その方のお宅でお子さまたちの家庭教師として暮らしていたのです。私をそのお屋敷に推薦してくれたのは叔母ですが、その叔母でさえ、私が学問に親しむのには反対でした。女が勉強をするのは、それほどに悪いことなのか思い悩んでいた私に、その方が今の言葉を下さったのです」
「香花は、もしや都からここに来たのか? そなたは両班家の息女だと察しているが、やはり、相応の事情があったのだろうな。でなければ、都で家庭教師を務めるほどの女性がこのような鄙びた地方都市まで流れてくるはずがない」

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