月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
次に明善の口から出た科白は更に香花を驚愕させた。
「張先生は私などよりよほど熱心な天主教の信徒であられる。私の妻は元々、張先生のお宅で働いていてね。私の母は張先生の奥方の姉なのだ。その関係で、母は張家を訪れた際、若く気働きのできる女中を眼に止め、是非に我が屋敷で使いたいと譲り受けて連れ帰った」
その女中こそが、亡くなった夫人なのだと判る。
「亡くなった妻は我が屋敷に来た時、既に熱心な信徒だったよ」
「そう、だったのですね」
亡くなった夫人は恐らく奉公していた張家で入信(信仰を持つようになること)したのだろう。
何故だろう、明善の口から亡くなった夫人の話を聞きたくないと思う自分がここにいる。
「旦那さま、張先生が天主教徒だなどと知る人は誰もいません」
もしかしたら、亡くなった父はそのことを知っていたのかもしれないが、そのようなことをたとえ娘にといえども軽々しく喋る父ではなかった。
天主教徒であることは、即ちこの国では死を意味する。禁忌とされている宗教に入信すれば、そうなるのは当然のことだ。
「さもありなん。高名な需学者として名を馳せている先生がまさか平等を説く異端の教えを誰よりも信奉しているなどと思うはずがない」
儒教の基本は徹底した身分の上下の区別である。だからこそ、王や両班が我が物顔で幅をきかせるこの国で儒教が重んじられてきたのだ。
「金先生は誰にも他言するはずがないと判っているから、口にしたまでのこと」
と、明善は平然と言った。
「張先生は私などよりよほど熱心な天主教の信徒であられる。私の妻は元々、張先生のお宅で働いていてね。私の母は張先生の奥方の姉なのだ。その関係で、母は張家を訪れた際、若く気働きのできる女中を眼に止め、是非に我が屋敷で使いたいと譲り受けて連れ帰った」
その女中こそが、亡くなった夫人なのだと判る。
「亡くなった妻は我が屋敷に来た時、既に熱心な信徒だったよ」
「そう、だったのですね」
亡くなった夫人は恐らく奉公していた張家で入信(信仰を持つようになること)したのだろう。
何故だろう、明善の口から亡くなった夫人の話を聞きたくないと思う自分がここにいる。
「旦那さま、張先生が天主教徒だなどと知る人は誰もいません」
もしかしたら、亡くなった父はそのことを知っていたのかもしれないが、そのようなことをたとえ娘にといえども軽々しく喋る父ではなかった。
天主教徒であることは、即ちこの国では死を意味する。禁忌とされている宗教に入信すれば、そうなるのは当然のことだ。
「さもありなん。高名な需学者として名を馳せている先生がまさか平等を説く異端の教えを誰よりも信奉しているなどと思うはずがない」
儒教の基本は徹底した身分の上下の区別である。だからこそ、王や両班が我が物顔で幅をきかせるこの国で儒教が重んじられてきたのだ。
「金先生は誰にも他言するはずがないと判っているから、口にしたまでのこと」
と、明善は平然と言った。