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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

「そなたは我が父の噂を聞いているか?」
 心安らぐ時間は、知勇の突然の言葉によって破られた。
「私には、そのお話は」
 躊躇いながらも暗に話題にできる話ではないと言うと、知勇は、よりいっそう真摯な表情で香花を見つめる。
「良いのだ、ありのままを教えてくれ。女ながらも男並の学識を備え、なおかつ心優しいそなたの意見を訊いてみたいのだ」
 香花は言葉を選びながら慎重に応えた。
「私の口からお父上さまについて申し上げることはできませんが、若さまがお父上さまと同じ轍をお踏みになられまいと学問に励んでいらっしゃるのなら、私はそれで十分ではないかと思います。若さまはいずれ、都にお帰りになる御身ですが、将来は必ずご立派な官吏となられるでしょう」
「私の目下の夢は科挙に合格することだ。そのために遠く離れた学問所まで通うのも苦にはならない」
 若者らしく瞳を明るく輝かせ、夢を語る知勇の横顔は溌剌とした健康さに溢れている。
 いつもこんな風に笑っていれば良いのに。
 香花は思わずにはいられなかった。
「科挙に受かった暁には、妻を迎えろと父から言われている。香花、私はその時、この村にそなたを訪ねよう。もし、私が訪ねてきた時、愛する人を亡くした哀しみが幾ばくかでも薄れ、誰かに嫁しても良いと思うようになっていたら、私の妻になってはくれないか?」

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