
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第9章 燕の歌
幾ら考えても、それはできないことだ。明善を忘れてなんて、できないから。
香花が応えようとする前に、知勇は笑って首を振った。
「良いんだ。今は何も応えないでくれ。そなたを得るという目標があった方が、私は頑張れる気がする。そなたには迷惑な話かもしれないが、それまで夢だけでも見させて欲しい」
知勇は小さな息をつくと、空を見上げる。
湖のように深く澄んだ蒼空が涯なくひろがっている。いつか知勇自身が詠んだ詩の中の光景が今、二人の前にある。
「私は無力だ。時々、あまりにも無力すぎる自分が自分でいやになるよ。苦しむ領民を見ていても、何もなすすべもなく、手をこまねいている。父上の横暴を止めることもできない不甲斐ない息子だ」
その横顔は愁いに沈み、つい今し方、夢を生き生きと語った若者はどこにもいない。代わりにそこに座っているのは、深い懊悩と孤独を抱え、疲れ切った老人のような表情をした若者だった。
ふいに、二羽の燕が頭上を掠めて飛んでゆく。
突如として、知勇の口から澄んだ歌声が響いた。
「どうか約束を忘れたり心変わりをしないで。私はあなたのもの、あなたは私の燕」
知勇は同じ歌詞を繰り返して歌った。
涼やかな声が空を飛翔し、天へと還ってゆく。
香花が応えようとする前に、知勇は笑って首を振った。
「良いんだ。今は何も応えないでくれ。そなたを得るという目標があった方が、私は頑張れる気がする。そなたには迷惑な話かもしれないが、それまで夢だけでも見させて欲しい」
知勇は小さな息をつくと、空を見上げる。
湖のように深く澄んだ蒼空が涯なくひろがっている。いつか知勇自身が詠んだ詩の中の光景が今、二人の前にある。
「私は無力だ。時々、あまりにも無力すぎる自分が自分でいやになるよ。苦しむ領民を見ていても、何もなすすべもなく、手をこまねいている。父上の横暴を止めることもできない不甲斐ない息子だ」
その横顔は愁いに沈み、つい今し方、夢を生き生きと語った若者はどこにもいない。代わりにそこに座っているのは、深い懊悩と孤独を抱え、疲れ切った老人のような表情をした若者だった。
ふいに、二羽の燕が頭上を掠めて飛んでゆく。
突如として、知勇の口から澄んだ歌声が響いた。
「どうか約束を忘れたり心変わりをしないで。私はあなたのもの、あなたは私の燕」
知勇は同じ歌詞を繰り返して歌った。
涼やかな声が空を飛翔し、天へと還ってゆく。
