
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第9章 燕の歌
その日の夜であった。
知勇は自室で一人、学問に励んでいた。当時の勉強は素読といって、書物を朗読し、記憶するのが第一である。
正妻の生んだ、ただ一人の息子である知勇は当然ながら、生まれながらの跡取りであった。幼いときから大切に扱われてきた。父親が使道となって、この地に赴任してきてからは広いこの屋敷の一角に独立した住居を与えられ、そこで起居している。
庭に独立して建つその離れは、丁度、庭を挟んで向こう側に母家と向かい合っている。母家には父が住んでいるのは言うまでもない。
知勇の母は、この地に来てから一年後に亡くなっている。使道になったと言えば聞こえは良いが、このような辺鄙な土地の府使に任じられるのは所詮、栄転ではなく左遷である。
都暮らしに馴れ、万事に華やかなことが好きだった母はここに来てすぐに心労で床に伏し、そのまま逝った。
母家からは、ひっきりなしに嬌声が響いている。父のこのところのお気に入りは、米商人の超全徳が献上してきた娘だ。実の娘よりも若い娘を側妾にして悦に入っている。
父も男だし、まだ四十三歳の男盛りだ。正妻である母も世を去っているし、側室の一人や二人はいても仕方がないとは思うものの、幾ら何でも、これはやり過ぎではないかと思う。
知勇は自室で一人、学問に励んでいた。当時の勉強は素読といって、書物を朗読し、記憶するのが第一である。
正妻の生んだ、ただ一人の息子である知勇は当然ながら、生まれながらの跡取りであった。幼いときから大切に扱われてきた。父親が使道となって、この地に赴任してきてからは広いこの屋敷の一角に独立した住居を与えられ、そこで起居している。
庭に独立して建つその離れは、丁度、庭を挟んで向こう側に母家と向かい合っている。母家には父が住んでいるのは言うまでもない。
知勇の母は、この地に来てから一年後に亡くなっている。使道になったと言えば聞こえは良いが、このような辺鄙な土地の府使に任じられるのは所詮、栄転ではなく左遷である。
都暮らしに馴れ、万事に華やかなことが好きだった母はここに来てすぐに心労で床に伏し、そのまま逝った。
母家からは、ひっきりなしに嬌声が響いている。父のこのところのお気に入りは、米商人の超全徳が献上してきた娘だ。実の娘よりも若い娘を側妾にして悦に入っている。
父も男だし、まだ四十三歳の男盛りだ。正妻である母も世を去っているし、側室の一人や二人はいても仕方がないとは思うものの、幾ら何でも、これはやり過ぎではないかと思う。
