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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 知勇は超全徳が嫌い―というよりは苦手である。使道の嫡男である知勇にも、あの男は見れば、背中が痒くなるようなお世辞を並べ立てるが、まるで宦官のように白くのっぺりとした顔はどこか得体の知れなさを感じさせて、その白い顔に愛想笑いが張りついているのが余計に不気味だ。
 何を考えているのか判らない、底知れなさがある。あんな男を腰巾着にし、側に置いている父の気が知れない。父の横暴さがますます度を超していっているのも、あの男が側で煽っているからだとも判っていた。
 癇に障る嬌声は一向に止まない。知勇は到底、書見に集中などできず、立ち上がった。
 両開きの戸をそっと開け、母家の様子を窺うと、真向かいの父の部屋には煌々と灯りが点り、絡み合う二つの影が障子を張った扉越しにありありと映っている。
 まるで辻芸が見せる影絵のように滑稽な躍りを父と妾が二人して躍っているようにも見える。
 知勇は失笑を刻み、再び扉を閉める。
 机に戻って続きを始めたが、今度は嬌声に混じって、喘ぎ声まで聞こえてきた。それも思わず洩れ出る声というよりは、周囲など端から、はばかることのない声だ。
 知勇はついに堪忍袋の緒が切れた。立ち上がると脚音も荒く室を出て、靴を突っかけ、庭を横切る。

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