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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

「仮にも府使の妻の一人となるからには、最低限の品位くらいは保てるようにしろ。幾ら夜中とて、使用人の手前もある。声を上げるにも小さくするとか、もう少し嗜みというか恥じらいを持ってくれ」
 知勇は女を見ようともせず吐き捨てるように言い、それでもまだ女が愚図愚図と居座っているのを見、〝消えろ!〟と怒鳴る。
 女は、普段は大人しい息子の突然の豹変に愕き、悲鳴を上げ、泣き出した。
 必要以上に大袈裟に泣き喚く妾を見て、正史が狼狽える。
「おお、可哀想に、月(ウォル)陽(ニヤン)よ、のう、明日にはまた、そなたの好きなもの、何なりと買うて遣わすゆえ、良い加減に泣き止むが良い」
 十六、七の小娘に大の男が這々の体で機嫌を取っているのは、到底見られたものではない。あまりにも情けない姿であった。
 女を宥めながら、正史は突如として闖入してきた息子を睨んだ。
「一体、どういうつもりだ」
「大切なお話があると申し上げたはずです」
「儂は明日にしろと言った」
 知勇もまた負けずに父を真正面から見据えた。
「息子との語らいよりも、妾と淫らに戯れる時間の方が父上にとっては大切ですか?」
「何だと、父に向かって、その口のききようは何だ」
 正史が手を振り上げ、知勇の頬を打った。
 知勇は紅くなった頬を押さえて続ける。

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