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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

「学問をするのは、科挙に合格するため、ひいては、官吏となって良き国を作り、民のために尽くすためなのに、その民を苦しめてまで得た金を遣って学問をするというのは本末転倒ではありませんか、父上」
「知った風な口をきくな。若造に何が判る、この世はすべて金で動くのだ、儂ら両班のために、民は働いておるのだ。死ねば、また代わりは幾らでもいる、それが民というものではないか」
「父上、何ということを」
 知勇の瞳が哀しみに揺れる。
「父上には人の心というものがおありですか? 今夜は尚(サン)清(チヨン)も屋敷に宿直(とのい)しているのですよ? サンチョンはつい最近、迎えたばかりの妻を喪いました。父上もサンチョンの妻が何故、自ら死んだのかをご存じなら、せめてサンチョンの心を思いやって、今夜くらいはお慎みになられたら、いかがですか。それを思いやるどころか、これ見よがしに側女と愉しげに戯れられていたら、サンチョンはどう思うか―、想像しただけで胸が痛みます」
 サンチョンは知勇の幼なじみでもある。執事の息子として幼いときから知勇の遊び相手を務めてきた。知勇よりは数歳年長ではあるが、陽気なよく喋る男であったのに、妻を喪って以来、まるで人が変わったようになってしまった。知勇が話しかけても、まるで魂がさまよい出たかのように上の空で返事もしない。

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