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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌


 どうか約束を忘れたり心変わりをしないで。私はあなたのもの、あなたは私の燕。
  
 澄んだ歌声が聞こえたような気がして、香花は振り向く。刹那、香花は眼を瞠った。
 すべてが燃え尽きてしまったはずの庭の片隅に、ぽつねんと残っているのは梅の樹の残骸であった。―いや、この樹はまだ生きている!
 香花は慌てて駆け寄る。辛うじて半分ほど焼け残った樹は至る箇所が黒く焦げていたけれど、一カ所だけ、小さな白い花をつけている枝があった。
 顔を寄せると、かすかに良い匂いがしてくる。花の隣には、これもまた小さな小さな蕾が一つ。
 ふいに涙が込み上げてきて、香花は堪え切れず、その場にくずおれた。
 ねえ、知勇さま、死んだなんて、きっと何かの嘘でしょう? もし、私を置いて、どこか遠くに行ったのだとしたら、すぐに帰ってきて。そして、もう一度、耳許で優しく囁いて。〝私の小燕〟と。

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