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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 泣き崩れる香花の肩にそっと大きな手のひらが置かれた。
 香花はそっと手を伸ばし、光王の大きな手のひらに自分の小さな手を重ねる。
「温かい」
 呟いた途端、涙が堰を切ったように溢れ出てきて、香花は蹲ったまま号泣した。
 そんな香花の身体を光王は立ち上がらせ、自分の腕に包み込む。香花は光王の逞しい胸に顔を埋めて烈しく泣きじゃくった。
 ふいに鳥が啼き、香花はハッと面を上げる。
 泣き濡れた瞳に、一羽の燕が映った。
 気紛れな燕は、二日前、この場所で起こった大惨事など知らぬかのように、澄ました顔で燃え残った梅の樹に止まっている。
 燕はくるくると黒い瞳を動かして、周囲を見回している。
「どうか約束を忘れたり心変わりをしないで。私はあなたのもの、あなたは私の燕」
 無邪気な燕の仕種を見ている中に、自然にあの歌の歌詞が零れ落ちてきた。
 途中から、あのひとの声が重なり、歌はいつしか知勇の歌っていた歌になっている。香花の耳で鳴り響くのは、紛れもないありし日の知勇の歌声だ。

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