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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

 忽ち割れんばかりの喝采が湧き起こる。四十くらいであろう親方の大音声が再び響き渡った。
「何の、これしきのことで愕かれなさるな」
 その口上が終わらない中に、景福が第二投を放つ。今度もまた、ナイフは風のように疾駆しつつ前方の少年めがけて飛ぶ。
 二投目は少年の左手のひら際、危うい場所に刺さった。それからも、右脚、左脚、脇腹、顔面傍と景福の手からは次々とナイフが繰り出され、それはまさに神業ともいうべき鮮やかさで可憐な少年の身体の周辺をぐるりと取り囲むように板壁を刺し貫いた。
 その都度、見物人たちは溜息とも感嘆ともつかぬ声を洩らす。
 ひげ面の親方が満面の笑顔で周囲を見回す。
「さあて、皆さま、これにて景福が最後の決め技をお見せ致すことになります」
 景福に親方が顎をしゃくると、景福が新たなナイフを片手に高々と掲げて振る。親方は頷き、一同を得意げに見た。
「このナイフがどこに飛ぶか、それは他ならぬ景福の可愛い弟の脳天の真上にございます。少しでも位置が動けば、哀れ弟は死ぬことになる。まさに生命は風前の灯火。さて、景福、無事に事を成し終えられますかどうか!」

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