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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

 香花があっと小さく叫ぶ間もなく、辛うじて廻っていた皿は転がり落ち、地面に叩きつけられ派手な音を立てて割れてしまった。
 それまでやんややんやの喝采を送っていた見物人たちは一転して、野次を飛ばし始める。
「おーい、どうした。ちっこいの」
 どうやら少し酒が入っているらしい初老の男が怒鳴ったのをきっかけに、観客からどっと笑いが起こった。
 少年の兄景福はといえば、ずっと舞台の袖から弟の動向を不安げに見守っていた。まだ幼い弟がしきりに揶揄されているのを目の当たりにし、景福の顔もまた怒りと屈辱に紅潮する。両脇で握りしめた拳が小刻みに震えているのを香花は見逃さなかった。
「皆さま、大変失礼を致しました。お見苦しいところをお見せしましたが、これもまた一興と申すもの」
 親方がそう言い訳しながら、しきりに少年に目配せしている。
 幼い少年は焦りを隠せない様子で再び新しい皿を左の棒先に乗せ、廻し始める。
 再び皿がくるくると勢いよく回り始めたか―と思いきや、またしても皿はすべり落ち、地面に落ちて粉々に砕け散った。

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