
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀
「待ってよ、史(サ)兄(ヒヨン)。昌(チヤン)福(ボク)の分は、僕が明日頑張って穴埋めするから、今日はもうこれ以上昌福を叱らないでやって」
景福は健気にも弟の前に立ちはだかり、両手をひろげて全身で幼い弟を庇おうとしている。
「そうだ、名人の兄貴に免じて許してやれよ」
誰かが言い、見物人たちから次々に〝そうだ、許してやってくれ〟と声が飛ぶ。
親方は苦虫を噛みつぶしたような表情で渋々振り上げた手を降ろし、尊大に顎をしゃくった。
「もう良い、目障りにならないように、お前は引っ込んでろ」
幼い少年は怯えた子鹿のように飛びすさるようにして、親方の前から消えた。
と、緊迫した空気をシンバルの音が震わせた。笛の音が鳴り響き、今度は頭上に張り巡らされた綱の上に一人の美女が登場する。
どうやら、綱渡りが始まったようだ。鮮やかなチマチョゴリを纏った美女はまだ若く見えるが、実際はもう三十前後にはなっているのではないか。
彼女はその場の視線を独り占めするほどの色香溢れる美貌だ。うっとりと惚けたように見蕩れる亭主の向こうずねを思いきり蹴飛ばす女房もいて、これはこれで結構笑える光景ではある。
景福は健気にも弟の前に立ちはだかり、両手をひろげて全身で幼い弟を庇おうとしている。
「そうだ、名人の兄貴に免じて許してやれよ」
誰かが言い、見物人たちから次々に〝そうだ、許してやってくれ〟と声が飛ぶ。
親方は苦虫を噛みつぶしたような表情で渋々振り上げた手を降ろし、尊大に顎をしゃくった。
「もう良い、目障りにならないように、お前は引っ込んでろ」
幼い少年は怯えた子鹿のように飛びすさるようにして、親方の前から消えた。
と、緊迫した空気をシンバルの音が震わせた。笛の音が鳴り響き、今度は頭上に張り巡らされた綱の上に一人の美女が登場する。
どうやら、綱渡りが始まったようだ。鮮やかなチマチョゴリを纏った美女はまだ若く見えるが、実際はもう三十前後にはなっているのではないか。
彼女はその場の視線を独り占めするほどの色香溢れる美貌だ。うっとりと惚けたように見蕩れる亭主の向こうずねを思いきり蹴飛ばす女房もいて、これはこれで結構笑える光景ではある。
