
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀
「昌福、昌福」
親方は先刻までの不機嫌さはどこへやら、現金に猫なで声で昌福を手招きした。
恐る恐る昌福が近寄ると、親方が言っているのが聞こえる。辺りをはばかるつもりはさらさらないのか、そのだみ声は香花のところにまで届いてきた。
「旦那(オルシン)さまがお呼びだ。これからすぐに支度して、お屋敷に上がるように。今夜はそのままお屋敷の方で泊まって旦那さまのお相手をしてきなさい」
その〝お相手〟というのがそも何であるのか―。男女のことや世俗には疎い奥手の香花でさえ判った。
両班の屋敷に上がり、一夜の伽の相手を務めるのは何も女芸人とは限らない。中には初々しい少年を好む寵童趣味の男だっているのだ。しかも、昌福は少女と見紛うほどの容姿である。そういった特異な嗜好のある中年男にとっては滅多とない獲物なのだろう。
でも、幾ら何でも、昌福はまだどう見ても、七、八歳だ。香花がかつて家庭教師を務めていた崔氏の子どもたちと変わらない年頃だ。明善の二人の子どもたち桃華と林明は二人共に香花を姉のように慕っていた。
親方は先刻までの不機嫌さはどこへやら、現金に猫なで声で昌福を手招きした。
恐る恐る昌福が近寄ると、親方が言っているのが聞こえる。辺りをはばかるつもりはさらさらないのか、そのだみ声は香花のところにまで届いてきた。
「旦那(オルシン)さまがお呼びだ。これからすぐに支度して、お屋敷に上がるように。今夜はそのままお屋敷の方で泊まって旦那さまのお相手をしてきなさい」
その〝お相手〟というのがそも何であるのか―。男女のことや世俗には疎い奥手の香花でさえ判った。
両班の屋敷に上がり、一夜の伽の相手を務めるのは何も女芸人とは限らない。中には初々しい少年を好む寵童趣味の男だっているのだ。しかも、昌福は少女と見紛うほどの容姿である。そういった特異な嗜好のある中年男にとっては滅多とない獲物なのだろう。
でも、幾ら何でも、昌福はまだどう見ても、七、八歳だ。香花がかつて家庭教師を務めていた崔氏の子どもたちと変わらない年頃だ。明善の二人の子どもたち桃華と林明は二人共に香花を姉のように慕っていた。
