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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

 林明の笑顔と眼前の昌福の顔が重なり、香花は隣の光王を見た。縋るような眼を向ける。
「光王」
 しかし、光王は唇を固く引き結んで何も言わない。
「ね、光王、何とかならないの?」
「―あの脂ぎった中年親父は両班だろう。俺たちが面と向かって太刀打ちできる相手じゃない」
 あの光王がこうまであっさりと切り棄てるのが香花には信じられなかった。
 だが、確かに今の光王は義賊でも暗殺者でもない。既に脚を洗って久しい彼はただの市井に生きる民人にすぎないのだ。ここで堂々と両班に刃向かえば、彼自身が無礼打ちにされてしまうだろう。
 今日、香花と光王は連れ立って近くの町まで出てきた。この町は二人の暮らす村から徒歩で四半刻くらいの場所にあるため、しょっ中、買い物や商売に出てくる。むろん漢(ハ)陽(ニヤン)には及ばないものの、地方都市にしては比較的大きな町である。

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