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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

 光王は毎日、この町まで出てきて、小間物を売り歩いているのだ。前任の使道(サド)が無類の女好きであったため、光王は香花が町に買い物にくるのさえ嫌った。が、今はその使道も息子と共に屋敷ごと焼け死んだ。その嫡男知勇(シヨン)が香花に恋心を抱(いだ)いたまま逝ったのは、今から三月(みつき)ほど前のことだ。
 新任の使道は六十の高齢ではあるが、思慮深く慈悲深い性格で、領民たちからも慕われていた。前任の使道の時代からいえば、今の暮らしは極楽だとこの一帯に住まう者たちは口を揃えて言う。
 そのお陰で、香花も自由に町に出かけられるようになった。知勇を喪った心の痛みはまだ完全に癒えたわけではないけれど、香花は光王と二人で新しい暮らしに馴染んでいっている。
 今、香花が光王に懇願しているのは、明らかに無理な話だ。夜や闇に紛れて暗躍する〝光王〟はけして白日の下に素顔を晒さない。小間物屋の光王がかつて天下に名を轟かせた大盗賊でもあり暗殺者でもある〝光王〟であるとは誰も知らない。その正体を知るのは、恐らくは盗賊集団〝光の王〟の元メンバーと組織に拘わりのないという点では香花のみ。

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